2011年12月 5日 (月)

クレープの味 Ⅱ

お店のウインドーから中を覗いたら顔見知りの女性がいたので、店内に入り挨拶がすむと彼女は眉間に皺を寄せ「この国の食料品は高いと思わない?」と言いその後に「友達がドイツ旅行したら食料品が安くて驚いたと言ってたわ!ジャムなんか半値ですって!」と。「半値と言えば、先日プラハに旅行してクレープを食べたらパリの半値よ!」と私。

「パリのクレープ屋さんは作り置きしていて、お客さんが来ると温め直すの、プラハはお客さんの顔を見てから焼くからフレッシュでとっても美味しいの!」と得意げの私。彼女はすっかり私のペースに。「でもクレープって甘いでしょ?」と彼女。「クレープの上にハムをのせたものもあるわよ」と私。

「でも私の一番好きなのは、クレープにバターとシュガーとっても相性がいいわよ。次はグラン・マニエル」それを聞いて彼女「?」。「リキュールの一種、だから寒い時に一層美味しく感じるわ!」だんだん彼女は夢見るような顔つきになって「プラハに行ってみたいわね」と。

Winter_roses
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2011年12月 3日 (土)

プラハ(3)

ホテルからトラムの停車場に行く途中にちょっと惹かれるレストランがありました。そのショウウインドーは木製のポールに白いカフェカーテンが吊され、小さなテーブルの上にメニューが読みかけのようにして広げてあります。ほの暗いなかメニューだけがスポットライトを浴びています。

店内に入ると高い天井や壁に描かれている絵はフェイドして、ピンクとイエローとグリーンの色調になんとも言えない落ち着きが有ります。この建物は1400年の初頭の記録があるそうですが、現在の建物は1813年に建てかえられたもので現在プラハに残っている数少ないエンパイアー様式なのだそうです。

テーブルについて、店内のあちこちを眺めている内にお料理が運ばれてきました。そのプレゼンテーションを一見した時、豆鉄砲を食った鳩のようだった私。「こんな風にとってもできないわ!」と大感激。「味もいいよ、美味しい!」と夫。もう予想を超えた夕食になりました。

Praha3
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2011年12月 1日 (木)

プラハ(2)

ひょんなことで知り合ったデンマーク人の画家さん、カフェで夫とお茶していたら背の高い女性がやってきて「あの絵を写真に撮りたいけどどうしても撮れないの」と夫に。やっと写真がとれた後に彼女は「素晴らしい郵便局を見に行くけど一緒に如何?」と、旅は道づれです。

その郵便局の入り口は円柱に支えられた階段で、それを上がっていくと高い天井の広大なフロアにでました。その天井や壁の壁画に圧倒されます。18世紀に教会として建てられ19世紀に郵便局に転用されたそうで現在は中央郵便局。

彼女のプラハ旅行のきっかけは「死ぬ前にプラハを見てきなさい!」と友人に勧められたからと笑いながら話してくれました。明日は帰ると言った彼女。翌朝お散歩していたらまたまたくだんの画家さんとバッタリ、お互いに目を丸くしました。彼女は「今日これから帰るけれど、その前に未だ時間があるので」と。長身をゆらりゆらりと引きずるように去って行きました。

Plaha2
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2011年11月30日 (水)

プラハ(1)

11月下旬からプラハに行きしました。マイナス2度の気温の中、石畳の街をお散歩していると寒さがこたえます。こんな時にはフレッシュジンジャーティはぴったり(ジンジャーを細かく切ってお湯をそそぎハニーを入れたもの)。寒いシーズンのカフェの定番メニューです。

同じように定番なのがホットワイン、カフェやキオスクなどで飲んでいる人々をよく見かけます。シナモンやナツメッグ、胡椒などの香辛料の香りが漂ってきて、一足先にクリスマスがやってきたみたいです。キオスクで立ち飲みしている2人連れは「砂糖をもっと沢山入れて!」と言いながら、美味しそうにすすっていました。

それから寒い時の必需品は帽子。お年寄りから子供達までみんな帽子を被っていて、その多くが毛糸の帽子。私もついに200コルナ(約1000円)で毛糸の帽子を買いました。お土産物屋さんの店先に並んでいる帽子や手袋についつい手が伸びてしまうプラハの寒さです。

Plaha1
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2011年11月21日 (月)

フォーエバー ヤング

中国食料品店に行ったとき。
オーナーの女性が店番をしていて、殻付きのピーナッツを両手に握り、手のひらの中でこすり合わせながら食べていました。「何しているの?」と聞くと笑いながら「こうして指先を使うと、記憶力を刺激するの!」と言い、「ピーナッツは身体にいいわ、この薄皮もとってもいいのよ、食べて!」と言いながら、私の手のひらにのせてくれました。

彼女のお話から察するとどうも最近パーティで会った日本女性に相当刺激された様子です。「その日本女性はもう80歳になると言うのに姿勢は良いし、頭もしっかりしていてとっても素敵に見えたわ!」と。「日本料理がいいんじゃない?」と私。するとすかさず「そう、きっとそう!パーティでも日本のお料理が用意されていて、美味しかったわ!」と言う。

そして「ね、私今かけている眼鏡のフレームは好きじゃないの、老けて見えるでしょ?」と。よく見るとヘアスタイルも以前より短くなって若々しい。そのことを伝えると嬉しそうに「プールで泳ぐのに短い方が便利なの、新しい眼鏡、明後日できてくるの!うふふふ」と楽しそうです。

Foreveryoung
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2011年11月20日 (日)

Mr smelly

スモークドサモンのように臭いの強いものを持ってバスに乗ると嫌われます。これは人だって同じこと。今日はバスに乗ったらちょっと想像できないような強臭の人(Mr smelly)がいて、私はたまらず次の停留所で降りようとしたらMr smellyも立ち上がったので、息を止めて様子を見ていました。すると彼の直ぐ後ろに並んだ乗客が途端にわずか飛び上がり、それから後ろの方にずるずると下がってきました。

その乗客は眉間に皺を寄せこの世の終わりみたいにMr smellyの後ろ姿を眺め、その様子を見ていた私に気が付くと「おー、くさ、たまらない!」と囁きました。私が頷いたのを見ると少しほっとした様子で「くさ!」と又言いました。バスが停車し最初にMr smellyが、そして少し間を置いてから5人程乗客がぞろぞろと降りて行き最後に私が降りました。

すると、「オー、くさ!」と言った乗客が私の降りるのを待って近づいてきて「先ほどはあのように表現してしまい大変失礼しました。」と詫びをしてから去って行きました。私はMr smellyにも驚きましたが、それ以上に詫びをして立ち去った乗客により驚きました。でも如何にも英国らしいと思いました。

Smelly
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2011年11月18日 (金)

あとは明日!

珍しく子供向けではない本のタイトルに惹かれて読み始めました。タイトルは"NO NICE GIRL SWEARS"でこの本の初版は1933年英国で出版され1997年に修正、出版されました。若い女性の言動について書かれていますが、若い女性に限らず興味深いものです。

その本にetiquette の終わりと ethicsの始まりは何処かしら、誰もが混乱して判らないのでは?とありました。 ethicとは倫理と言った意味ですが、頭の中でエチケットと倫理の意味は判るから定義してみようと考えてみましたが、灰色の脳細胞はなかなか活発に働いてはくれません。

その境界線はピカピカに磨いたテーブルの上に置いたガラスのソーサーとその影みたい。見方によってはまるで1つに見えるけれどソーサーと映っている影には終わりと始まりがあります。なるほど!やっと灰色の脳細胞が働き始めましたが、今夜はこの辺であとは明日にしようっと。

Saucer
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2011年11月14日 (月)

クレープの味

突然夫が「パリに行きたい?」と聞くので「暫くぶり、行きたい!」。このシーズンは夫の友人知人達がイギリスからは勿論のことヨーロッパやアメリカなどからパリにやってきます。さっそくネットでユーロスターのチケットとホテルを予約。こうしてパリ小旅行は実現しました。

ホテルはシャンゼリゼ大通りの裏手で今迄泊まったことのないエリアです。パリの北駅からのタクシーはすぐにホテルに到着「11,50ユーロ」と運転手さん、夫がチップをはずんだので運転手さんは嬉しそう。翌朝からは独りであちらこちらと気が向くままにウインドーショッピング。サントノレのお気に入りデリカテッセンは洋服屋さんに代わってしまい、懐かしい思い出だけが残っています。

翌朝は散歩がてらモンテーニュ通りをウインドーショッピングし、アルママルソーからバスでエッフェル塔を見ながら日仏文化会館。それから川岸を暫く歩きサマリテーヌのそばのカフェレストランでブランチ。そしてサンジェルマンもウインドーショッピング。入れ替わっているお店も随分ありましたが、まだ美味しいクレープを焼いているお店は健在だったので嬉しくなりました。

Paris
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2011年11月 9日 (水)

Brighton run 2011(2)

コートの上から前掛けをしたシェフのようないでたちの2人が現れて、路上でなにやらにこやかに話をしています。今迄見たことのない光景にものめずらしさも加わって、帰宅してからネットでサーチしてみました。

すると今年は特別のお祝いの年で金、土、日と3日間の開催とありました。それで日曜日の参加車が少なかったことに納得です。毎年600台程の車がロンドンから60マイル(96km)のルートを走って Brighton迄やってきます。参加資格は1905年以前の車なので、なかには途中で脱落する車もあります。

今年は土曜日の夜にカクテルパーティ、日曜日の夜はブラックタイのフォーマルディナーがホテルで開催され、お昼にはコンコースランチもあり、ただし何れも事前にチケットを購入となっていました。二人組シェフもそれで登場理由が判りましたが、もっと早くネットを見れば良かったと悔しがっても後の祭りです。

Btonrun2
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2011年11月 8日 (火)

Brighton run 2011(1)

日曜日の朝、夫が「今日は確か Brighton runの日、ちょっと見てくる」と出掛けて直ぐに戻ると「まだ準備してる人達だけ、寒かったよ!」と。「未だ9時だから」と私。でも暫くしてもいつものようにエンジン音が聞こえてきません。「昼食後に行ってみよう」と夫。午後1時半頃に会場に行くとギャラリーもヴェテランカーも今迄になく少なく見えます。

スピーカーから流れる司会者の声は「何処から?」とか「何年もの?」とか「どうやって手に入れたの?」などと質問し、参加者が応えるのは今迄と同じパターン。ギャラリーは駐車しているベテランカーを見比べながら「すごいね!」とか「きれい!」と口々に賛美しています。

ベテランカーに乗って来るオーナー達はファッションにもこだわりがあるようで、帽子やコート、手袋、ソックス、靴と見事なコーディネートです。数人で乗っている場合は申し合わせたようなハーモニー、レディ達の帽子やコートもなかなかですが、なんと言っても紳士達の服装は見応えが有ります。

Btonrun1
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«Oh, gosh !